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  • Soh Ito

「『エステル記』きっと、そのことには意味がある」エステル4:13~17

※こちらの記事は聖書メッセージの原稿となります。ブログ用に書かれた文章ではないことを予めご了承ください。


 聖書メッセージ「『エステル記』きっと、そのことには意味がある」

 2022年12月10日(土)つくば・土浦礼拝にて Soh Ito

 

 「モルデカイはエステルに返事を送っていった。『あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはいけない。もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。』エステルはモルデカイに返事を送って言った。『行って、スサにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないようにしてください。私も私の侍女たちも、同じように断食します。そのようにしたうえで、法令に背くことですが、私は王のところへ参ります。私は、死ななければならないのでしたら死にます。』」エステル記4:13~17

 序.

 ボクシングの元世界王者で牧師をしているジョージフォアマンという人がいます。私が中学生の時、父が「ジョージフォアマンに会いにいけたらなぁ」と言いました。私はそれを聞いて、「アメリカに行ける!」と思いました。その頃は、寝る前の時間に父とお祈りする習慣があって、その日から私は祈り始めました。「神様、アメリカに行ってジョージフォアマン牧師と会えること感謝します。」毎日毎日祈りました。その時、我が家の家計は厳しかったので父は「どうしようかなか~。」と思っていたはずです。

 しかし、なんとか、アメリカに行けることになりました。出発前、父はジョージフォアマン牧師にメールを送りました。「今度のいついつの日に教会にいきます。日本の牧師です。よろしくお願いいたします。」

 張り切って飛行機に乗りました。到着して、色々ありましたが、教会に着きました。教会の扉をガラッと開けると、前の方でジョージフォアマンがギターをしっとりと奏でていました。「おおジョージフォアマンだ!」とテンションが上がりました。ジョージフォアマンが語る聖書メッセージはテキサス訛りで何言ってるか全くわかりませんでした。しかし、「同じ神様信じてるんだ!」と感動しました。礼拝後に一緒に写真を撮ってサインをもらいました。その後の数日間、教会で開催しているボクシングクラブに行って練習したり、ハンバーガーを食べたりしてから帰国しました。




 ところが、帰ってきてから、不思議なことに気づきました。父のパソコンにジョージフォアマンからメールが来ていたのです。そのメールは私たちが日本を出発したその日に来ていました。返信を見る前に父と私はアメリカへ向かっていました。

 メールにはこう書いてありました。

 「私はその日、中国に行く用事があるので、今回の旅はやめたほうがよいです。−ジョージフォアマン 」

 「ええ!」と思いました。「じゃなんで居たんだろ!」と驚きました。なぜ居たのか?いまもわかりません。急遽中国へいけなくなる理由が何かあったのです。しかし、私は「神様がしてくれた!神様があの幼い祈りをきいてくれた!」思っています。

 そのように、クリスチャンは色々な出来事の中に、神様の働きをみます。「もしかすると!神様がこのことあのことをしてくれたのではないか?」と神様に励まされたり、もしくは、「きっと、あの出来事は、神様の計画の前進のためなんだ!」と発見し神様に感謝することがあります。自分にとって良い出来事の中にも悪い出来事の中にさえも、神様が(ご自分の計画を実現させるために、)働かれるのを見ることがあるのです。

 冒頭に朗読したエステル記には、そのような体験をしたユダヤ人の歴史が書かれています。今からおよそ2400年前の出来事です。早速読み進めていきたいと思います。

 1.エステル記4:13~17の背景

 

 13節「モルデカイはエステルに返事を送って言った。『あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはいけない』」

 ここを読むと、王宮にいるエステルが、王宮の外にいるモルデカイとやりとりをしていることがわかります。この二人の関係性と状況は1章~3章に書いてあります。簡単に二人のことを紹介します。

 エステルとモルデカイ、二人は一緒に暮らしていました。エステルが両親を亡くした時から、叔父であるモルデカイがエステルを引き取って養育していたからです。1モルデカイは神様に対する信仰に熱いユダヤ人でした。ですから、彼は、私たちが持っている旧約聖書の中の最初の5つの書(モーセ五書)について、精通していました。モルデカイもエステルもモーセ五書に書いてある神のご計画(約束)を信じていました。世界をつくった神がユダヤ人を選び、ユダヤ人の子孫を通して、世界を祝福するという計画です。人間の罪によって本来の姿を失ってしまった世界を回復させるために、神はユダヤ人を選び、ユダヤ人の子孫を通して世界を祝福するという約束がモーセ五書には書いてあるのです。実は、エステル達の時代のおよそ400年後、ユダヤ人の中からイエス・キリストが誕生します。イエス・キリストによってモーセ五書の約束通りに、ユダヤ人のみならず世界中の人たちに祝福が広がることになったのです。モルデカイとエステルはモーセ五書に書いてある約束を信じて待ち望み、その世界観を持って生活していました。

 興味深いことは、そのユダヤ人のエステルが、外国であるペルシャ帝国の王妃になることです。ユダヤ人のエステルが、なぜペルシャ帝国の王妃になったのでしょうか?実は、王様は自分のお嫁候補を王国中から探させて、見つけられたのがエステルだったのです。エステルは自分がユダヤ人であることを隠して、王宮で暮らし始めました。モルデカイはエステルのことが心配で、毎日王宮の周りをウロウロして安否を確かめようとしていました。

 そのような中で、ペルシャ帝国の中に、ユダヤ人のことが大嫌いな人物が高い地位につきます。彼はユダヤ人を皆殺しにする計画を立てました。王様は彼の意見を採用し、十一ヶ月後にすべてのユダヤ人を皆殺しにする法令を発布しました。

 法令が届いたどの場所でも、ユダヤ人の間に大きな悲しみが起こりました。モルデカイは自分の服を引き裂いて、大声で泣きわめき、そして王宮の門のところに来ました。モルデカイが王宮の門のところにいることはエステルの知るところとなり、二人は伝言でやりとりをします。そのやりとりの最後の部分が今日朗読した箇所です。

 「モルデカイはエステルに返事を送って言った。『あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはいけない』」

 2.エステル記4:13~17の観察と意味

 ユダヤ人絶滅計画の法令が発布された今、自分がユダヤ人あることを隠していたエステルは、殺されないでしょう。しかし、そう考えてはいけないとモルデカイは言いました。続けて14節を読んでみましょう。

 14節「もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」

 このモルデカイの発言はとても力強いです。モルデカイはたとえエステルが動かなくても、他のところからユダヤ人への助けが起こると言い切りました。なぜ、そのように言い切れたのでしょうか?モルデカイはこう考えたと思います。

 「モーセ五書に示された神の計画はユダヤ人を通して世界に祝福が広まることだ。それなのに、十一ヶ月後にはすべてのユダヤ人が滅ぼされようとしている。ペルシャ帝国の法令は、一度出されたら誰も取り消すことができないと法律で決まっている。なぜこんなことが起こったのか?神の計画は頓挫したのか?いや、聖書に啓示されている神の約束は不変だ。失敗することはあり得ない。神の計画は何があっても絶対になる!どのような方法かは断定できないが必ずなる!もしかすると、王の側にいるエステルが王を説得することによってかもしれない。いや、もしかすると、人間の思いを超えた方法で解決がもたらされるのかもしれない。どのような方法でも、神の約束は必ず実現する。しかし、きっと、エステルが王妃にされた意味はここにある。」

 モルデカイはそのような信仰に立って、エステルに託けました。「もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」(14節)

 15、16節がエステルの返答です。「エステルはモルデカイに返事を送って言った。『行って、スサにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないようにしてください。私も私の侍女たちも、同じように断食します。そのようにしたうえで、法令に背くことですが、私は王のところへ参ります。私は、死ななければならないのでしたら死にます。』」

 ペルシャ帝国の法律では王に呼ばれていないのに王のもとに出向くことは、たとえ王妃であっても、死に値することでした。しかし、エステルはモルデカイの信仰に感化され、ユダヤ人全体で3日間、神の前で静まることを要請し、その後で、命がけの行動に出る決断をしました。エステルは3日間どんな感情だったでしょうか。「本当にそうだろうか」という不安な気持ちと戦ったでしょう。神様に「なんで、あなたは自分が選んだ民族にこんな仕打ちをなさったのですか?」と嘆いたかもしれません。死を覚悟して、これまでの人生の意味を考えたかもしれません。自分の両親が自分より先に天に召されたこと、モルデカイとの平穏な暮らしから異邦の王との不穏な生活に移ったこと、不幸に思える出来事がなぜ自分に起こったのか?考えたでしょう。モルデカイが言うように、本当にそれらのことがユダヤ人の救いのためなのか神様に祈って聞いたでしょう。そして、「モーセ五書にある神の約束に照らして考えたらそう言える!きっとそうだ!神の計画を実現するために、神が私に任務を与えたんだ!」と奮い立ったでしょう。

 3日後、エステルは信仰による一歩を踏み出しました。神の計画は頓挫せず、ユダヤ人絶滅計画が失敗に終わりました。神様はご自身の計画を推し進めるために、ご自分が選んだ人物に働きかけ、用いられるのです。神に選ばれ、神を選んだ人には人生のすべての出来事が神の計画の前進のために益となるのです。

 エステルがどのような仕方で行動するのか、どのように話が展開するかはぜひ、今夜、ご自身で読んでみてください。

 結び.

 2018年、一度つくば市で閉じたビクトリー・チャペルを宮城県富谷市で再建することが決まりました。その際、父は聖書から教会の大切な価値観として「賜物に応じたミニストリー」を掲げました。それで、富谷市の地域の方々のために「ボクシングクラブ」を週に一回開くことを決めました。蓋を開けてみたら、大好評でこれまでに100名を超える人たちとの交流が与えられました。30代の女性で光さんという方は、ボクシングクラブから礼拝と聖書の学びに興味を持って、去年、バプテスマを受けて教会の仲間になりました。



 富谷市でボクシングクラブをやっている途中で思い出したのが、ジョージフォアマンのところに行った時のことです。「そういえば、あの時、ジョージファアマンのボクシングクラブで汗を流して、地域の人たちが集まってる心地よい雰囲気を感じてたな。そして、父と『ビクトリーチャペルでもこんなことできたらいいなぁ。』と言ったな。」と思い出すのです。今からおよそ16年前にジョージファアマンのところに行ったのは、自分がずっとボクシングの訓練をしてきたのは、もしかすると、この時のためだったのかなと思うのです。ボクシングの世界で自分の望んでいた結果は残せなかったけど、このためだったのかもしれないと思うのです。

 聖書に書いてある神様の壮大なご計画に照らして考えると、「きっとそうだ」と言えます。神様のご計画はユダヤ人の子孫として生まれたイエス様を信じる人の集まり「教会」が増えることによって世界の全ての人が祝福されるということです。教会のメンバーそれぞれが賜物に応じてミニストリーをすることで、地域に祝福が広がり、世界に祝福が人がることです。その計画の実現のために、自分が長年ボクシングをやってきたことを神様が用いてくださっていると思います。もしかすると、きっと、そうだと思います。

 エステルは自分に起こった不幸に思える出来事の中にさえ、神の働きを見ました。私にも「人知れず流した涙」があります。まだ、あのことにはどんな意味があったのか?理解しきれていない出来事も複数あるのですが、そこにも意味があると信じています。一番良い時に神様が教えてくれて、「神様ありがとう」と心から言える日がきます。神のご計画前進のために、あらゆる出来事には、必ず意味があります。

 

 「きっと、自分に起こった出来事にはこんな意味がある!」「もしかすると!神がこの世界をよくするために、神が自分にこんな任務を与えているのではないか!」と発見できるのが教会です。本当に価値ある生き方がここにあると私は信じています。ぜひ、聖書について、教会について、イエス様について、知ってください。

 エステル記を読んでみて、聖書を読んでみて、疑問に思ったことはビクチャペのラインに質問を送ってください。聖書入門講座をズームで学びたい方もビクチャペのラインでぜひ、お申し込みください。また、いま、ひろみさんはつくばの地からズームを使って、礼拝をささげています。希望する方はズームで礼拝に参加することができます。毎週日曜日の午前11時から欠かさず礼拝しています。ぜひ、ご参加ください!

 それでは、お祈りして、賛美歌「グッドネスオブゴッド」をもって神様を賛美しましょう。


2022年12月10日

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